野村 萬斎さん(狂言師)
- 野村 萬斎(のむら・まんさい)
- 1966年、東京都生まれ。祖父・故六世野村万蔵および父・野村万作に師事し、3歳で初舞台を踏む。東京藝術大学音楽学部卒業。重要無形文化財総合指定者。「狂言ござる乃座」主宰。国内外の狂言・能公演はもとより、現代劇や映画、テレビドラマの主演、舞台演出、映画監督など、幅広い分野で活躍。古典狂言を軸に、表現者としての挑戦を続けている。
守り続けられてきた
伝統と
新しいものを
生み出す
気質の融合
伝統芸能の枠を超え、
幅広いフィールドで活躍する
狂言師・野村萬斎さんに、
山口市の思い出の場所や
狂言の魅力などについてお聞きしました。
人生の節目で
引き寄せられる場所
山口県に初めて足を運んだのがいつだったのか、ハッキリとは覚えていません。ただ、毎年長門市で開催している「万作・萬斎狂言公演」が来年26回目を迎えるので、少なくとも25年前には訪れていることにはなりますね。これだけの長い期間、続けさせていただいているのは、とてもありがたいことだと思っています。また、2000年のお正月に放送されたNHKスペシャルドラマ「蒼天の夢〜松陰と晋作・新世紀への挑戦」で、幕末の風雲児・高杉晋作を演じさせていただくなど、山口県とは特別なご縁があるなと感じています。周南市で公演を行っている最中に次女が生まれたこともあって、人生の節目節目で引き寄せられているようにも感じます。
規模・質ともに
西日本有数の能楽堂
近年は、山口市の野田神社能楽堂で行われる「山口薪能(やまぐちたきぎのう)」※に出演させていただいています。野田神社能楽堂は、毛利家が明治維新70周年を記念して建築されたものが、野田神社の境内へ移設・修復され、再び能楽の舞台として使われるようになったとお聞きしました。橋掛、鏡の間を備えた総ヒノキ造りの本格的な造りで、観客の熱気を身近に感じられる、演じていてとても気持ちの良い舞台です。規模と質の両面で素晴らしい能楽堂なので、年に数回とはいわず、もっと活用されることを願います。
※夜間、かがり火で照らし出される幻想的な舞台で能や狂言を演じるもの
伝統と革新の
交差から生まれる新たな表現
2013年には、山口情報芸術センター[YCAM]開館10周年を記念したパフォーミングアーツ「LIFE-WELL」に参加し、音楽家の故坂本龍一さん、アーティストの高谷史郎さんとコラボレーションさせていただきました。グリッド状に吊られた9つの水槽に高谷史郎さんの映像が効果的に映し出され、そこに能楽、演劇、音楽という多彩なジャンルのコラボレーションが、即興的なセッションを交えながら繰り広げられました。最先端のテクノロジーとさまざまなアートを組み合わせることは、芸術の発展にはとても重要なことだと思います。古典芸能である狂言においても、時流に合わせてアップデートしてきたものと、その瞬間に生まれるものの両方が必要です。メディア・テクノロジーを用いた新しい表現を探求する拠点が山口市にあることは、たいへん素晴らしいことだと思います。ニューヨークで劇場を任されている友人も、日本に帰ってきたら必ずYCAMを訪れると絶賛していました。
山口生まれの詩人・中原中也の
世界観に触れる
もう一つ、ぜひ足を運んでいただきたいのが「中原中也記念館」です。中原中也は山口市湯田温泉に生まれた詩人で、記念館には中也直筆の原稿や遺品など、貴重な資料が展示してあります。息子にも中也の世界観に触れてほしいと思い、多感な中高生の時期に連れて行きました。
僕自身、中也の詩がとても好きで、20年近く出演させていただいているNHK教育(現・Eテレ)『にほんごであそぼ』で取り上げたこともあります。彼の詩は、言葉として非常に魅力があるけれど、理解するにはちょっと難しいところもある。ダダイスト的というか、煙に巻いているというか。でも、そこが面白い。きっとこういうことなのかなって、色々な解釈ができますよね。番組では、彼の詩の世界観を表現するために、私のアイデアでさまざまな演出を試みました。
「汚れつちまつた悲しみに……」のときは、詩に漂う閉塞感を表したいと思い、巨大な風船の中に入って詩の世界を体現しました。何しろ風船の中に入るのですから、ちょっとドキドキですよね。撮影は、NHKの中でも最も大きい101というスタジオを使って行われました。通常、子ども向け番組でそこまで大掛かりな演出はしません。風船の中でもがき苦しんだ挙句、抜け出せずに風船の中で眠り込んでしまう。その姿が、僕の「汚れつちまつた悲しみに……」の一つの表現だったわけです。
「サーカス」もちょっと不思議な作品ですよね。「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」の響きが印象的で、寂しさの中にもどこか楽しさが漂っている詩です。この詩を朗読したときは、大仕掛けのセットを用意して、空中ブランコに挑戦しました。半分ずつ顔が違うピエロの姿で登場して、逆さになってゆらゆら揺れ、最後はサーカス小屋を上から見ているという、今でも鮮明に記憶に残っている演出です。
もう一度味わいたい、
記憶に残る山口グルメ
中原中也記念館の隣には「松田松栄堂」という和菓子屋さんがあります。そこの外郎がとても気に入りました。なめらかな口当たりと、上品な甘さが相まって、いくらでも食べられる美味しさです。お土産としていただいても嬉しいですね。また、山口市には焼肉屋が多いイメージがあります。東京の人は上ミノを大概タレでいただくのですが、山口市の焼肉屋で塩と柚子胡椒で食べて、軽いカルチャーショックを受けました。あまりの美味しさにハマってしまい、それ以来、定番の食べ方になってしまいました(笑)。
いつの時代にも通じる
普遍的な笑いの世界
狂言は、今からおよそ600年前、室町時代に能とともに成立した日本の伝統芸能です。能の多くが歴史的な人物や物語を題材にした悲劇が多いのに対して、狂言は名もなき庶民の生活を描いた喜劇が中心です。例えば、定番演目である「附子(ぶす)」は、主人の留守中に、留守番をしていた使用人が毒だと聞かされていた砂糖をこっそり食べてしまうという話です。これを現代に置き換えると、お父さん・お母さんが留守の間に、子どもが冷蔵庫を勝手に開けてケーキを食べてしまった、とアレンジできる。シチュエーションとしては、今も通じるんです。
狂言は笑いの芸術です。笑うことは健康のもと。それも一人ではなく、大勢で集まって笑うと、なお盛り上がるってところが良いですよね。
2026年2月には、長門市の「ルネッサながと」で第26回万作・萬斎狂言公演を行います。最高齢は94歳の父、下は26歳になる息子の裕基と、親子三代が揃って出演します。年代に応じた芸の在り方を観ていただける良い機会です。解説も行いますので、初めての方でもわかりやすいと思います。「狂言は敷居が高い」と思われている方も、楽しんでいただけたら嬉しいです。会場でお待ちしています!
- 万作の会
https://mansaku.co.jp/ - 山口県立劇場 ルネッサ ながと
https://www.renaissa-nagato.jp/events/26kyougen
関連施設
野田神社
- 山口市天花1-1-2
- TEL:083-922-0666
毛利敬親および毛利元徳を祭神とする神社。昭和11(1936)年、旧長州藩主の毛利家が明治維新70周年を記念して建築した能楽堂が、1991年に野田神社境内に移設・修復された。広さは238㎡で、本舞台に加え、橋掛り、鏡の間、楽屋などを備えた本格的な造り。ここで定期的に「山口薪能」が開催されている。
山口情報芸術センター[YCAM]
- 山口市中園町7-7
- TEL:083-901-2222
メディア・テクノロジーを用いた新たな表現の可能性の探求を軸にするユニークなアートセンター。展示空間のほか、映画館、図書館、ワークショップ・スペースなどを併設。アートやメディア、テクノロジーを中心に、展覧会や公演、映画上映、ワークショップなど、多彩なイベントを展開している。
- 開館時間:10:00〜20:00
- 休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
- 入館料:無料(有料イベントあり)
- https://www.ycam.jp/
中原中也記念館
- 山口市湯田温泉1-11-21
- TEL:083-932-6430
詩人・中原中也の生家跡に建てられた記念館。館内では、中也の30年の生涯や作品を自筆の原稿や日記など貴重な資料を通じて紹介している。書籍や映像などで作品に親しんでいただけるコーナーのほか、年数回の展示替えを行い、何度訪れても新鮮な中也の世界に触れることができる。
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開館時間:5〜10月/9:00〜18:00(最終入館17:30)、
11月〜4月/9:00〜17:00(最終入館16:30) - 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、毎月最終火曜日、
年末年始(臨時休館あり) - 入館料:一般330円、大学生220円、18歳以下無料
- https://chuyakan.jp/
松田松栄堂
- 山口市湯田温泉1-11-29
- TEL:083-923-3110
創業は昭和17年。湯田温泉街の中心を通る県道204号沿いにある和菓子店。手作りの生外郎は、やわらかいのにコシがあるのが特徴。定番のこしあん、をぐら、抹茶に加えて、夏みかんやラムレーズン、秋限定で栗も登場。
- 営業時間:10:30〜19:00
- 定休日:火曜日、第2・第4水曜日、12月31日〜1月3日
- https://shoeidou.wp-x.jp/